少し前のことも思い出せる、薄暗い展示室に足を踏み入れるとガラスケースの中に虫の標本が並ぶ、聞こえてくるのは空調の音と自分の鼻息の音、すこし屈むようにしてケースを覗き込んでメモ帳に何かを書き込んでいる初老の男性とその後ろを付いて歩く同年代の女性。一番手前のブースにはコガネムシの仲間がサイズ順にレイアウトされている、甲虫は羽と羽の真ん中に虫ピンを刺してしまうと羽が開いてしまうので右側の羽に刺す。その隣のブースには亜熱帯に生息しているというバッタが、片方の羽だけを広げてもう片方の羽を畳んだ状態で死んでいる、大きいものでは手の平くらいのものもある。バッタは腹部が腐敗しやすいので背中に切れ込みをいれて内臓取り出してから乾燥させる必要がある、とのこと。
横浜駅で京浜東北線に乗り換える、ホームからのぞくビルのシルエットが紫色に見える夕方の空なのか、朝から着ているTシャツの脇のあたりなのか、靴の中も、ぐったりとプールの中のような湿度、確かに夏の夜ってこんな感じだった言われてみれば、視界の端には自販機のボタンの部分が光るからね、特に何か飲みたい気分ではない、何なら飲みたい、飲みたいのか食べたいのか、視界正面それは到着した電車、乗り込むとわりあいに空いていた、この時間帯にしてはめずらしく座ることができて顔を上げたら、向かいに座っている、おそらくは高校生の女の子が前髪をコテを使って内側に巻いてフワッとさせたのは朝出かける前、今日は一日中彼女の眉毛の上でフワフワと揺れていた前髪、コテ買ってよかった~、とのこと。
卵はあるので、親子丼を作るなら残りの材料を買い揃えて帰る。冷蔵庫に鶏肉とキムチを先にしまって、玉ねぎはテーブルの上に出しておく。キムチは今日は食べない、明日以降に食べる、豆腐があれば、豆腐はなかった、あれ?豆腐ないか。